大阪を出て知った、「ここ以外にも素敵な場所がある」
夫婦ともに大阪生まれ、大阪育ち。仕事で出会い、結婚してからも、当たり前のように「大阪で暮らしていくんだろうな」と思っていました。
でも、仕事の転勤をきっかけに、二人とも初めて大阪を離れることになります。
最初は不安でした。知らない土地、知らない人、慣れない暮らし。けれど、実際に住んでみると、その場所の空気、人、暮らしが想像以上に心地よくて。
「大阪以外にも、こんなに素敵な場所があるんだ」——そう思えたことで、私たちの視野は少しずつ広がっていきました。
横浜でマイホーム。「ここで子育てしていく未来」を描いた
その後、また仕事の都合で横浜へ。横浜での生活も本当に楽しく、私たちはそこで家を建てました。初めてのマイホームです。
家を建てるということは、「ここで子どもを育てて、ここで暮らしていく未来」を自然と考えるということでもありました。
小学校は近いか。中学校はどんな雰囲気か。近くには有名大学もある。「いつかここに通うのかな?」なんて、半分冗談みたいに、"毎日言い続けたら本当に入れるんじゃない?(笑)" なんて話をしていたくらいです。
当時、長男は4歳(年少)、次男は2歳。まだまだ小さかったけれど、家を買ったことで、子どもたちの将来について少しずつ現実的に考えるようになっていました。
当時のわが家の "ふつうのプラン"
当時の私たちは、こう考えていました。
- 子どもたちは家の近くの公立小学校に通う
- 中学受験をするかどうかは、その時に考えればいい
- もし今後収入が増えていたら、私立中学や大学附属の学校に行けたらいいなぁ
そんな、"プランとも言えないようなプラン" をぼんやり描いていました。
でも実際は——家のローン。車のローン。将来に向けた投資。子どもたちの習い事。毎月いろんな支出がある中で、ふと立ち止まります。
「教育にどこまでお金をかけられるんだろう?」
この問いが、のちにわが家を大きく動かすことになります。(#2へ続く)