車の中の、何気ない一言
横浜や東京のインターは、我が家には現実的ではない。そこまでは前回ではっきりしていました。でも不思議なことに、「じゃあもう諦めよう」とはならず、一度見えた選択肢が頭にずっと残っていました。
そんな話を、ある日、夫婦で車に乗っているときにしていました。たぶん子どもの送迎か買い物の途中。そのとき、私がさらっと言ったんです。
「地方に行けば、入れるんじゃない?」
今思えば、かなり大きなことを言っています。横浜に家を買っているのに。でも、この先ずっとここで暮らしていく未来を想像したとき、不思議と「ここだ!」という確信にはなっていなかったんです。
山形、そして仙台。でも何かが違った
そんな中で、パパから「山形はないの?」と言われました。実は以前、私たちは山形に住んでいたことがあります。食べ物もおいしいし、人もあたたかいし、自然も近い。本当にいいところでした(山形は番外編でいつか語りたい。笑)。
でも、山形にインターは見つかりませんでした。仙台にはありました。ただ、仙台は私たちが求めていた雰囲気とは少し違った。都会すぎたんです。もちろん素敵な街ですが、このとき求めていたのは、もう少し自然が近くて、暮らしに余白がある場所でした。
「長野、意外と全部そろってない?」
そこでふと、長野県を調べてみました。理由は単純で、私の母が長野県内に住んでいたからです。「長野ってあるんかな?」くらいの気持ちで調べると——
ありました。「ある!!!」
この瞬間、ちょっと空気が変わりました。長野県内にも、候補になりそうな場所がいくつかあった。しかも調べてみると、職場との距離感も現実離れしていない。毎日通うのは難しくても、オンラインで働きながら必要なときだけ動く——そんな働き方なら成り立つかもしれない。
- 仕事も「完全に無理!」という距離ではない
- 自然がある
- 家賃も横浜より現実的かもしれない
- 生活費も少し変わるかもしれない
- そして、インターもある
え、待って。長野、意外と全部そろってない?
さらに、私たちはもともとスノーボードが好きで、結婚前は毎月のように白馬に通っていました。雪山、温泉、空気のおいしさ。長野には楽しい思い出がたくさんあった。だから「地図で見つけた知らない場所」ではなく、「長野なら知ってる」「長野なら好き」「長野なら暮らしを想像できる」という感覚がありました。
気づけば、検索の中心が長野になっていた
そこからは、長野県内の候補地をどんどん調べました。学費、家賃相場、学校までの距離、通学方法、近くのスーパー、病院、東京へのアクセス。調べるほど「あれ?これ、もしかして行ける?」と思う瞬間が増えていきました。
他の地域も引き続き見ました。でも、どこを見ても最終的には長野と比べてしまう。気づけば、検索の中心は長野になっていました。
そしてもう一つ大きかったのが、母が長野県内に住んでいたこと。送り迎えを少し頼れるかもしれない、困ったときに助けてもらえるかもしれない——「近くに家族がいる」安心感は、地方へ行く不安をやわらげてくれました。全部頼るつもりはありません。ありませんが……ちょっとは頼りたい。いや、けっこう頼りたい。そんな本音も正直ありました。笑
こうして、車の中の何気ない一言から始まった話が、少しずつ具体的になっていきます。横浜では難しい。東京も難しい。でも、場所を変えたら可能性があるかもしれない。
このとき初めて、私たちの中で「インターに通うために、住む場所を変える」という考えが、ぼんやりと形になり始めました。(#5へ続く)